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オーストラリアRYA ヨットスクール体験記
2007/3/27更新

 RYAとは、イギリスの本拠を置く世界最大のヨット団体で、様々なセーリング/ボーティングの支援活動を行っている。
  その活動の一環として、ヨットマンに対する資格認定も行っており、私は今回(2007年3月)、コースタルスキッパー プラクティカル資格と、コースタルスキッパー/ヨットマスターオフショア ショアベースド資格の2つの資格を取るために、オーストラリア、クイーンズランド州、エアリービーチに、20日弱のプチ留学を実施した。
  ここに記すのは、RYAのトレーニングでの日記から書き起こした体験記である。


2007年3月7日

  私は 3月3日に日本を出発し、中国で仕事をした後、 仁川・シドニー経由で3月7日に、オーストラリアに入国することとなった。
  元々、仕事の都合でスターアライアンスのアジア周航券を使うことになったので、そのついでにヨットもしてきた感じだ。

  で、オーストラリアに入国早々、シドニー空港にて、早速大トラブル発生。
  到着した空港に、VirginBlueへの乗り換えがどこにもないのである。
  乗り換え時間は刻々と迫っている。やばい!
  空港の手近な人間に質問していると、ターバンを巻いた怪しいおっちゃんが寄ってきて、「ビルジアンブルーなら、俺が50ドルで連れてってやるよ」と言い出す。
  あまりの高額さと、ビルジアンブルーという発音に怪しんで、さすがに避ける。
  どうやら、国際線であるターミナル1と、国内線のターミナル2,3との間には、まともな交通機関が無く、タクシーを使うしかないようだ。
  ……どうもきな臭い感じがする。

  とりあえず警戒しつつ、空港の警備員の立つ、なぜかがら空きのタクシーコーナーへ。
  で。
  そこのタクシーに荷物を載せたとたん、そのアジア風の顔つきの運転手はとんでもないことを言い出した。
「今日は道が混んでるから、ちょっと違う道を行くぜ」
  マテ。
  こんな、埼玉の大宮程度の小さな街シドニー(でも南半球最大の街だけど)で、渋滞なんてあり得ないって。
  しかし、抗議をしても、荷物を積まれてしまっている身には弱い。
  結局、10ドルもかからないところを、渋滞だと言い張ってぐるぐる遠回りした挙げ句に料金所を通ったからと言い張って、2ドルさらに追加で請求。計20ドルなり。どうも、日本のETCをニュースで見たらしくて、それだと言い張る。
  いやあ、シドニー空港で渋滞したり、ETCがあるほど開かれた国だと良いんだけど、オーストラリアも。
  ただ、荷物を積んでしまった上に、次の飛行機の時間も差し迫っているため、ケンカをしている時間もなく、悔しいけれども素直に領収書を書かせて引くことにする。

  ところが、たかだか領収書作成にやたら時間がかかっている様子!
  要するに、ぼったくった分自動精算できないから、手入力しなきゃ行けないんだけどそのやり方がわからないみたい。
  シドニーのタクシーはまだまだ新米ぼったくりなので、準備が甘いのだ。
  あまりにうんうんやっているから、「もう良いよ」と言っても、ぼったくりとして訴えられるのが怖いのか、必死に領収書を作成しようとしている。しまいには、自前のハンディコンピュータとプリンタを引っ張り出して、領収書をワードで偽造し始めた。
  ヲイヲイヲイヲイ。
  で、正直、これは予想外の失敗。
  ぼったくりの上、えらく時間を取られてしまったのだ。

  後でネットで調べたら、シドニーのぼったくりは結構地元でも騒がれているようだ。
  実際、地元の人に聞いても、ぼったくりは最近しょっちゅうニュースになるくらいによくあることの様子。シドニーのタクシーは基本的に全てぼったくりになってしまっているようだ。
  だからタクシーコーナーはがら空きなのだ。
  それを知らずにタクシーコーナーにふらふら歩いてゆく外国人や地方からの観光客だけが彼らの収入源というわけだ。
  シドニー空港からの移動には、現在は地下の電車が一番とのことだが、荷物が重いと相当に大変だそうだ。だから、荷物は減らしてから来るように、とのこと。

  なんと、外務省のホームページによると、シドニーのタクシーでは、日本人女性専門の強姦タクシーまで居るらしい。
http://www.sydney.au.emb-japan.go.jp/Visa/Safety2004Rape.pdf
  とにかく、シドニーでは、タクシーを利用してはダメです。
  危険すぎます。
  安心安全のオーストラリアのイメージは捨てて考えるべきです。

  で、ようやくVirginBlueのターミナルに到着。


  妙に金髪碧眼ばかりのVirginbuleの従業員に疑心を抱きつつ、遠回りをされたせいで時間ぎりぎりの飛行機に飛び乗って、乗り継ぎのブリスベン空港に到着。
  噂通りVieginblueの機内では、飲み物も食事も全部有料。なんというかセコイ。


  そんなこんなを考えつつ、ブリスベン空港の案内板を見ると、さらなる乗り継ぎ先に、目標の空港名がない。
  私の行く先の空港は、Whitsunday Coast空港。もちろん手元の搭乗券にもその文字がある。
  でも、同じゲート番号に書いてあるのは、Proserpineの文字。
  ええっと?
  一瞬どうなって居るんだろう、ひょっとしたら空港を乗り間違えたか、と思ったが、よくよく思い出してみたら、Whitsunday Coast空港のある場所の地名が、確かProserpineだったような気がすることを思い出した。(そもそもWhitsunday島って言うのはProserpineから離れた別の島で、単に近くて有名だからという理由で、バックパッカーの集まる貧乏なProserpineの街が、Whitsunday Corst−要するに、Whitsundayの沿岸−っていう名前を名乗り始めた歴史があったりします。とほほな歴史ですね)
  乗客利便を図って名前の統一しようとかそういうことを思いつかないあたり、この辺実に、オーストラリアらしい。

  で、どうしたもんかと、トイレに行きつつ悩んでいると、突然私の名前を放送で呼び出される。
  慌ててトイレの列から離れてその場所に行ったら、係員さん「いや、ここにいればそれで良いんだ」と訳のわからない対応。
  ますます悩みは深まったが、これはひょっとして、地名がわかりにくいことを心配して、外国人客ということで呼び出しをしてくれたんじゃ無かろうか、と思い至った。
  親切が余って、余計な迷惑になっている感じが……

  ブリスベンの空港では、軽く昼食を取った。
  どこかで見たような看板の、Red Rooster。

  ロブスターではなく、ルースター、つまり鳥の丸焼きを扱っているお店です。
  今回は、フィッシュアンドチップスを選択。
  味はともかく、その猛烈な量に、オーストラリアを実感。

  で、乗り換えの飛行機は、なにやら白人だらけ、というか、乗員乗客合わせても有色人種は私一人で、満員に近いのに私の隣の席が空けられている。なにやら嫌な予感が……

  そして到着した、Whitsunday Coast空港。
  いやあ、驚いたの何のって。
  まず、飛行機が、着陸する際、どう見てもただの野原に向かって降りてゆくわけです。
  なにやら道路みたいなものが一本見えるけど、どう見てもただの野原。
  緊急着陸か!?と緊張するも、機内は至って普通。
  で、着陸してみると、なんと、本当に滑走路一本しかない。
  つまり、滑走路がタクシーウェイと兼用。


  着陸後は、滑走路上でUターンして、滑走路を逆戻りして、ちょこんと出っ張ったプレハブ小屋のそばに飛行機を付けるわけです。
  もちろん乗客はハシゴみたいな階段を使って飛行機から降りたら、空港内バスなんてあるわけもなく、歩いてプレハブ小屋……もとい、空港施設に向かいます。
  で、バゲッジクレームが、のっぱらのど真ん中に、カバンを乗せたカーゴカーが並んでいるだけ。


  正直、日本の田舎の無人駅よりもちっぽけな設備なわけで。

  で、この空港で、ようやくWhitsunday Sailing SchoolのPrincipal、Steveと合流!

  校長であるSteveは、見た目50歳前後のやや背の高い(175センチ程度)白人男性。
  年齢は50過ぎくらいか?
  背の低い事の多いオージーには珍しく、まさにアングロサクソンという感じです。名字もワトソンだし。ミドルネームもあるし。
  真っ白で真新しい清潔なスニーカーに、同じく真っ白で清潔なRYAのトレーナーシャツが格好良く似合っております。

  車でホテルまで送って貰いながら話すと、Steve曰く、Whitsunday Sailing Schoolはまだ新しい小さな学校で、それを生かして、生徒数3人までの少人数教育をしている、とのこと。
  なんと、私の場合、座学コースが私1人、実習コースも2人の生徒で行うそうです。
  これは期待できそうです。

  とりあえず今日はお互い仕事もあるので、車中で明日の朝9時にまた合う約束をして、この日はおしまい。
  泊るホテルは、Best Western Mango House。自給自足タイプの安宿です。所詮は仕事のベースで固定連絡先が必要なだけなので、これで充分。(本来、授業だけなら、学校に泊ってでも良い訳ですが、Steveと相談の結果、学校で延々仕事をするのはさすがにまずいということでホテルを取った次第です)
  でも内装はかなりゴージャス。洗濯機と乾燥機も付いているのが、大変嬉しいところ。
  ちなみに、このホテルは、Eromango通りにありますです、はい。通りの名前でホテルを選んだんじゃないのかというのは、内緒です。


  で、休憩もそこそこに、晩飯の買い出しに、そばのスーパーマーケット、Jubilee IGA Martに。


  日本語英語がそのまま入って、Super Marketなんですよね、オーストラリアでは(笑)
  米国式にShoping Marketとか、Shoping Mallなんて言っても通じないわけで。

  で、IGAでは、オーストラリアの物価高に、ただただ愕然。
  以前来たときには、オーストラリアは物価が安いというイメージでした。観光地のケアンズやポートダグラスでもその物価だったので、相当に物価の安いところという印象だったわけです。
  ところが、今回は、えらく高い!
  単に円安と言うだけでなく、こちらの人の給与体系から見ても、明らかに物価が高い。
  つまり、この国は、インフレのただ中にいるのだ。これは、大きく経済成長をしているということ。
  インフレ下では、稼いだお金や、先祖伝来の財産も、死に金である貯蓄に回らず、経済に生きる。
  物価が上がれば給料をどんなに払っても足りなくなるから、ますます働く。すると、ますます国が潤う。インフレは、良い循環なのだ。

  聞けば、中国の経済発展に伴って、足りない鉱物資源は、全てオーストラリアからの輸出になっているとのこと。
  それが起爆剤となって、オーストラリア全体が、ここ4,5年間ずっと好景気に沸いているのだ。

  ここ15年すっかり死に体の日本とはまったく正反対の活況に、ただただ、愕然です。
  日本がくしゃみをすればオーストラリアが風邪を引くといわれたのは、はるか昔の話なんですよね。



2007年3月8日

  初日ということで、とりあえずスローペースで授業スタート。
  英語の壁が、とにかく分厚い!

  授業は、Steveの家で行われる。

  プール付きのゴージャスな家だが、若干古く、アリやハエなどの昆虫が大量にいる。


「家の裏はブッシュなんだよね」とはスティーブの弁だが、いや、これはブッシュじゃなくって、ジャングルっていうと思います、私は。


  カワイイわんこも2匹付き。

  初日の午前中、まずは、天候(メテオロジー)について。
  気圧配置から風向きと風力を読む訓練をみっちりと行った。
  南半球だけに、低気圧に対して時計回りに風が吹き込むのが斬新。

  午後は、簡単に教材の使い方と、RYA式の航海プロットの方法についての概論。
  プロッターとアルマナックを組み合わせた考え方が、極めて斬新で愕然とする。
  アルマナックとは、小型船舶向け航海情報をRYAがまとめた書物で、必要な情報が非常に便利にまとまっている。
  これだったら、潮流計算なんて非常に簡単だ。
  正直、日本の水路部がいかに税金をただ食いしてサボっているかを痛感する。
  また、三角定規を使う日本の海図利用法が、いかに小型船舶にあって居ないのかも説明があった。なんでも、英国でも昔は三角定規だったらしいが、狭い船内で三角定規を滑られるなんて言うのは話にもならないというので、RYAではプロッターとデバイダーを使った方法を推し進めているらしい。(日本海軍を作ったのはそもそも英国海軍だから、日本の海事のやり方には、昔の英国海軍と共通するところが多くあるのだ)
  そもそも三角定規をスムーズに使うためには、海図に折り目があってはならないが、狭い小型船内で海図をフルサイズで保管することは不可能。ましてや、海図サイズのチャートテーブルを備え付ける事なんて、物理的に無理というものだ。
  それを考えれば、プロッターとデバイダーを使うのは、極めて合理的なのだ。

  また、GPSについても積極的にその利用方法を学んでゆくことになるという。
  GPSは極めて安全な備品であるはずなのに、それを利用しないのはおかしい、と言うことらしい。
  ただし、実際の海図とのズレやマシントラブルも多いわけで、旧来ながらの海図利用航海法とのマッチングが大事だ、と言うこと。
  海図上でのGPSエラー修正方法なども学んでゆくようだ。

  そんなこんなで、授業は午後3時には終了。
  本来は5時までやる授業だそうですが、朝の開始が9時と早いし、私一人なのでまあこんなもんだろ、ということ。

  今日は、仕事は特に入れていなかったので、町歩きをすることに。
  街の名前はエアリービーチ(Airlie Beach)。
  移動は主に、トランジットと呼ばれる観光用バスで行います。
  タクシーもあるけれども、シドニーで嫌な思いをしたばかりだし、まあ、最初は色々と歩いてみることに。
  街行く人々は皆フレンドリーで、「SeeYa!」と声をかけてゆく。
  これはオーストラリア語で、「じゃあね!」といった程度の意味。

  ただし、街行く人は、タクシー運転手まで含めて皆白人。
  お店の店員さんに至っては、マクドナルドまで含めて全員が金髪ブロンド娘。
  こ、これはひょっとして……
  ちょっと嫌な予感が高まります。

  そうしたら、その直後に予感的中!
  道の向こうからやってきたのは、ふらふらと怪しい足取りで歩いてきたバックパッカーの少年。
  服装こそ清潔ですが、あからさまに貧しそうで、風景を楽しんで歩いている私たちとは異なり、バスの料金をケチって歩いているのは明白です。
  その少年に対して「Hi!」と声をかけると、向こうから帰ってきたのは……
「There!」
  と言う鋭い言葉!
  これはようするに、あっちへ行け、と言うこと。
  下手に刺激して攻撃されてもやっかいですから、慎重に距離をあけました。
  とほほ。
  こうした明確な人種差別意識は従来のオーストラリアでは考えにくい現象ですが、しょうがないですよね。

  インターネットの影響で、どこの国でもゆがんだ民族主義が高まっていますが、ご多分に漏れず、オーストラリアの白豪主義も復権しつつあるようですね。
  思えば、シドニーの先日のタクシーの件も、こうした現象の反動かも。タクシー運転手は大半が有色人種ですので、一種の被差別階級的過剰防衛行動を取りつつあるのかも知れません。

  さらにいうと、ここエアリービーチは、Whitsunday Coastという情けない空港名が示すとおり、元々、金持ちの外国人が集まるWhitsunday諸島に近いというだけの理由で貧乏なバックパッカーの聖地として発展してきた観光地。(Whitsunday Coastという名前は、なんていうか、ほら、千葉なのに東京ディズニーランドというか、新東京国際空港というか、そんな感じのいじけた名前なんです。もっとも、だからといって日本の場合には千葉県に右翼が多いというわけでもないんですが)
  ちなみにWhitsunday諸島というと、Whitsunday本島、Long Island、Hamilton島、Hook Island等々、日本人でも誰もが知っている超有名どころだらけ。そこに近い、ということでの空港名である訳です。
  だからこそ、この街には地元の白人が多く集まりやすく、結果、そうした外国人(特に日本人)に反発する白人優位の考え方の人が集まりやすかったのでしょう。

  困ったものです。



2007年3月9日

  そんなこんなで授業2日目、朝からSteveは元気に迎えに来てくれました。
  ところで、靴、はいてないんですけど、Steve。
  ひょっとして、昨日までは気取ってスニーカーだったの?

  今日の授業もチャートワークとメテオロジー。さらにはVHFの利用方法について。
  基本的には、知識の再確認の日だった。
  私はVHFについては実は国際ライセンスを持っているので、その授業は単なる確認だけとなりましたが、その際に色々とお互いの状況について話が広がりました。
  日本のVHFは非常に高価で、誰も積んでいない、その代わりに一部アマチュア無線を積んでいる人はいるけれど、という話をしたら、「Oh my GOD!」と言われてしまった。入港時にVHFを使えないほど危険な話はない、とのこと。
  Steve曰く、アマチュア無線なんて港や他船の誰にも傍受義務はないんだから、役に立つわけ無いだろう、とのこと。仰ることごもっとも。
  でも、日本では小型船舶にVHFを搭載する事は金銭的に極めて困難です。現実的に見れば、役人の権益の薄いアマチュア無線を選択せざるを得ないところがあるわけですが。
  結局、ここでも、海保OBの権益の問題が。
  とほほほほ。

  そんなこんなと考えているうち、頭がくらくらする。
  さすがに過労か?
  ううむ、やっぱり、肺を痛めてからは以前のようには行かない。

  実はこの肺、漫画の描きすぎで痛めた肺なのだが、漫画をやめたからといって治るわけでもない。
  ちょっと話は逸れるが、漫画の際に学んだことは、公務員など大手組織の人間を必要だと思う必要はない、ということだ。とにかく絶対に、例え相手がどんな大手組織の人間であろうが、我々零細の人間は、利益にならない権利ももらえない仕事はしてはならない。なぜなら、利益や権利をこちらに与えない時点で、相手はこちらを評価していないのだから。
  公務員を含むでかい会社組織の人間には、特に利益にならない仕事を中小企業に投げたがる傾向は強い。こっちはでかい会社なんだから小さい会社はただ言うことを聞けばいいんだ、と思っている奴が相当数いる。逆らったら仕事を干してやる、というわけだ。
  でも、実際のところ、彼らなんて居なくったって、こっちはまったく困らない。
  どうせ、その手のでかい会社組織は、能率が悪すぎて中間マージンをものすごく取られてしまう。むしろ彼らからの仕事はなるべく切り捨てた方が、中小企業としては非常に具合が良い。実際、漫画の出版社との関係を切ってから、私の会社はずっと黒字だ。結局、あの大手出版社とそこと宗教関連でつながっていた内部スタッフこそが、私の会社にとってのガンだったのだ。
  彼らを切り捨てたおかげで、こうやって、海外に暢気に出張&英語修行をする時間的余裕すら出来てきた。
  結局、我々一般民衆にとって、でかい会社組織や公務員連中は、ただ、消費者として必要なだけなのだ。
  前述の、VHF無線の問題のような権益関係の問題にも、どこか、思い切って風穴を開けてくれる企業は出てこないものだろうか?
  ……もっとも、日本の場合、役人連中の既得権益に踏み込むと、ライブドアや村上ファンドのように、無理矢理に犯罪者にさせられてしまう危険性もあるのだが。

  プロッターに慣れ親しみつつ、そんなこんなを色々と考える一日。

  この日は、何を食べたのか、ろくに覚えていない。
  確か、隣のスーパーで、何か適当なパイを買ってきてかじった気がするが。
  ビーフパイだったかな?


2007年3月10日

  座学三日目。
  サイクロンGeorgeで4人も死者が出て、地元オーストラリアの人たちは驚いている。
  やはり、日本の記録的暖冬と同じく、全世界的な異常気象なのだ。

  そのあたりの話から始め、天気について軽く触れた後、今日は簡単にレギュレーション、つまりは海上法規と条約の話だよ、まあ、チャートワークよりは簡単だよ。と軽く言うSteve。
  私は嫌な予感。

  予感は的中。そもそも、問題文が何を言っているのかまったく判らない。
  法律用語は独特で、さらに言えば、何が正義かなんて土地土地で異なってくるのだから、その土地で暮らしている人間にしか判らないものなのだ。
  もちろん、海上法規には世界共通の条約(SOLAS条約)があり、日本も同じ条約を批准しているけど、実運用では当然地元独特の正義感による運用になるわけで。「なんと、こんな事も合法なんだよ!」というのが、あたりまえじゃん、それ、という話に感じたり、「これはなぜか違法なんだ!」という話を、違法で当たり前だろ! と感じたり。
  そのせいで、設問の意図が汲み取れないんですよね。
  例えば、「強風の後でブイの位置がこれこれこういう風にGPSと異なっていた、君はどうすればいい?」という設問で、日本人ならブイが動いている可能性よりもむしろGPSの故障も疑って、陸上物のトランジットでの現在位置を確認するところ。でも、RYAの正しい答えは「風でブイが動いただけ。測深は風で海底地形が変っている可能性があるので無駄(!)。この設問でもっとも大事なのは、ブイの移動をハーバーマスターに連絡をすること」とのこと。んなのわかるかい!
  日本の漁港で我々アマチュアが海図と違う位置にブイがあるなんてこと言い出したら、ぶん殴られますし。そもそも、誰が責任者なのか不明瞭ですしね、日本の港って。

  考えるうちにくらくらしてきて、初めて音を上げると、Steveが仰天してしまった。
  今までのチャートワークがそこそこだっただけに、彼にとって簡単な問題である海上法規が理解されないのが、体調悪化のせいだと思えてしまったらしい。
  オーストラリアからほとんど出たことのないSteveには、異文化のこうした問題は、理解の範囲外なんだろうなあ。

  というわけで、Steveの気遣いによって、明日は一旦休憩と相成った。


  ホテルの部屋に帰り、分厚いTボーンステーキを焼く。


  私の元気回復のコツは、やっぱりこれなのだ。
  換気扇がないので、部屋中牛肉の油臭くなってしまうが、まあいい。

  旨い赤身のオージービーフを食べ、元気が出た。
  明日も頑張ろう!

  でも、本音を言えば、そろそろご飯が食べたい。
  会社を興した10年前は、どんな外国に行ってもそんなのこと考えもしなかったのに。我ながら年だなあ。


3/11
  この日はとにかく昼まで寝た。
  確かに正直限界だった。臨機応変な判断を下したSteveに感謝。

  バスに初乗車。

  みんな親切に乗り方を教えてくれる。オージー魂、ここにあり、だ!
  2ドル5セント。おお、都バスと同額だ。

  お土産屋さんで、Tシャツを仕入れる。とはいえ、お土産用ではなく完全に現地使用向け。差別よけのためにも、現地の格好をする必要があるな、と感じたわけです、ハイ。
  Tシャツ2枚で30AUドル。で、オマケにアリゲータサンダルが付くと、オバチャンは言い張る。
  ワニサンダル?
  なんのこっちゃと思うが、ようは、プラスティックの妙なサンダル(10ドル相当)がタダで付くらしい。
  結構思い切ったオマケですよね、これって。
  そういえば、昔の日本でも、バブルの頃とか、こういうわけわかんないおまけが付きまくった時代がありましたね。
  今オーストラリアはインフレで苦しんでいますが、それも、安定した経済発展があるからこそ。
  日本の凋落が身に染みます。



  この日の夜、Steveから貰った資料を読んでいるうち、RYAのコースタルスキッパーには、2つの資格があることが判明。両方ともちゃんとしたサーティフィケーションで、片方がコース受講で貰えるもの、もう片方がコース無関係に試験だけで貰えるもの。
  こりゃなんだろう?
  明日、Steveに聞かないと。


2007年3月12日
  11日のうちにあらかたの問題を予習してやっていったら、びっくりされてしまった。
  いや、予習しておけといったの、Steveなんですが(^^;
  Extraと書かれた上級問題をくれるものの、予習をした身にはそれもあまりにも簡単であっという間にクリア。
  おかげで、午後が暇になり、Steveの提案でとりあえず今日のうちに、タイダルチャート(潮汐計算付き海図技術)の試験を先に片付けてしまおう、ということに。
  で、実はこの問題、先ほどのExtraと数字と緯度経度が違うだけで、ほぼ同じ問題。
  簡単簡単。
  これはさすがに100点の自信あり。
  RYAのチャート、特にタイダルは難しいと聞いていましたが、潮汐表の読み方とその後のベクトル計算さえ理解できれば、そうでもないんですよね。
  問題は、明日の衝突予防法などの海上法規と、天候予測。
  法律の世界は超気取った英語を使い、天気の世界は専門用語の嵐と、そもそも問題文が理解できるかどうかが怪しい状況で、Steveが「君は優秀なんだが、レギュレーション(法規)が最大の問題だね」と、えらく心配しています。

  あ、そうそう。
  結局、2つのコースタルスキッパーの資格の違いは、商用雇用の資格かどうかという問題だそうです。
  基本的にまずこのコースをとって、その後、イギリス連邦内でスキッパーとして雇われる予定がある場合には、試験を受けて資格を取る、とのこと。
  ヨットマスターならともかく、コースタルスキッパーの商用資格なんて、日本人の君には関係ない資格でしょ、とはSteveの談。
  もっというと、実は私の受けているこの座学コース(コースタルスキッパー/ヨットマスターオフショア ショアベースド)も、試験があるため、商用で必要な資格によく要求される、とのこと。
  実習コースで私のコースよりも上級となるヨットマスターも同様で、ヨットマスターではとりあえず準備コースをとってから、商用資格が欲しい人は別途試験を受けるそうです。(で、ヨットマスターは商用資格一つだけしか事実上資格制度が無い様子。コースタルの方に商用・非商用2つ資格があるのって、何かの過渡期なんでしょうね)
  インストラクター資格は、この商用資格のあとで何年&何マイルの経験があるかで決まるらしいので、そっちの道を目指す人には重要なもののようですね。
  私はとりあえず、ヨットマスターの商用資格は欲しいけど、コースタルスキッパーはあくまでも通過点なので、必要ないかなあ。そもそも日本でもアメリカでも、RYAの商用資格は必要ないですしね。
  ここで商用資格を取ってしまうと、ヨットマスターを目指さなくなってしまう危険があるし。
  1,2年RYA方式で勉強をやってみて、数年以内のヨットマスターが無理そうだったら、将来のインストラクター資格に備えて試験だけ受けに来ても良いんですし。今回学科をとっちゃえば、残りはプラクティカルだけの試験だから、正直そんなに難しくないし。


2007年3月13日
 この日は私の誕生日。
  Sveveからは、帽子をプレゼントされた。

  ネットやらなんやらで、みんなにおめでとうを言われ、感動。異国の地での言葉は、胸に響きます。
  実は、仕事の都合で海外に出ていることを言えていないのだけど、みんな、私が忙しいことを何となく感じ取って、優しい言葉を書けてくれた模様。私はつくづく、周囲の人たちに恵まれている、本当にそう思う。特になんの才もない人間がこうやって過ごしていられるのは、単に、周りの人のおかげであることを身に染みて感じる。

  とりあえず、今日のレギュレーション(法規)の問題は、辞書やあらかじめSteveが許可してくれた翻訳メモを使っても良いということで、楽勝。とはいっても、89点で3問差のぎりぎり合格でしたが(^^;(ヨットマスターの資格も一部含む試験であるため、80点以上というハイレベルでようやく合格なのです)
  実のところ、辞書を見たところで、結局何問か問題意図が理解できていないんですよね。
  言い回しが高尚すぎて、YesNoを聞いているのか、それとも意見を求められているのか、それとも別の何か遠回しな皮肉な状況を言っているのか、全然見えてこない。
  こういうのを見ると、ああ、米語っていうのは英語とは異なる大変合理化された言語なんだな、と思い知ります。

  で、午後はメテオロジー(天候予測)の問題。
  こいつが、予想外に難航。
  様々な気象条件を示して、その発生原因を説明せよ、というのが多く、もはやただの英作文の世界。もちろん、これも気象関連の法規用語(レギュレーション)を使う必要があるわけで。
  気象予測は得意中の得意なのですが、こりゃやっかいです。
  仕方がないのでまずは日本語と得意の漫画絵で回答を書き、試験中にうろちょろしていたSteveを捕まえて、身振り手振りでそれぞれの回答を解説し、それを理解していることを強くアピール(笑)
  試験用紙に書いたのは片言の英語ではありますが、その意図が伝わるように、あらかじめ手を打った次第。
  その甲斐あって、Steveは、うんうんとうなずきながら回答を採点。
  を、通じてる!?
  いやあ、試験受験者が私一人だったから出来る荒技だ(笑)

  で。コースタルスキッパー/ヨットマスターオフショアのショアベースドコース、受かりました!

  英語圏ネイティブでも合格は難しい試験ということで、Sveveは「君はその低い英語力でこれをクリアしたのだから、オーストラリア人よりもはるかに能力が高いと言える」と、べた褒め。
  でも、確かに、まずは低い英語力をなんとかせにゃねえ(^^;

  その後、Steveに送ってもらい、ホテルのプールでひと泳ぎ!
  いやあ、願掛けして、プールを禁止していたんですよ。
  地下水をくみ上げて使っているらしく、ちょっと塩気のある水でしたが、快適快適!

  明日は1日休んで、いよいよプラクティカルコースに突撃です。
  Steve曰く、シドニーからのカップルが増えて、生徒が4人になったとのこと。オイオイ、あんた初日に「このスクールは最大3名までしか生徒をとらないんだ」って自慢してたじゃない(笑)
  この辺、さすがはオージー。
  でも、まあ、36フィートの船を生徒2人で5日間昼夜を問わずに試験操船漬けなんていうのは悪夢なので、他の生徒(=自分がスキッパー役の時にはクルー役となる)が増える分には歓迎です。

  さて、実技コース開始に備え、明日はいい加減たまった仕事を片付け無いと。遊びに来て居るんじゃないんだし。

  ちなみに、TVでは、日本とオーストラリアが歴史的な「中国に敵対する条約(宣言?)」を結んだということで大騒ぎになっている。
  なんでも、事実上相手国に対する攻撃行動を自国への攻撃と見なすという日米安保条約以来の親密な条約だそうで、オーストラリア人の65%が反対をしているそうだ。(オーストラリアでは現在は、中国がもっとも大きな貿易先となっていて、今の好景気も中国景気のため)
  ただし、TVでは、なんだかんだ言っても日本は結局安定した貿易国としてはもっとも大切なので、今回の条約締結はやむを得ない、という考え方が主流になっている様子。
  中国は国運を賭けるにはまだまだ不安定に過ぎるという発想なのだそうだ。


2007年3月14日

  仕事の片付けと、リパッケージングで一日が潰れる。
  アパートメントに残った食材も片端から消費。で、ちょっと腹痛気味に。
  中国でも少ししか壊れなかった腹が、オージーには負けたか。。。
  なんだかんだ言って、文明国じゃないんですよね、結局この国は(^^;

  ほんのわずかな時間を狙ってボートショップも行ってみたけれど、いやあ、日本よりもこっちの方が何もかも高いや。さすがインフレ中(^^;

  本当は、こっちの変ったものを仕入れて、仕事のサンプルにでもと思っていたのだけど、うーん。商売になるようなネタはなし。

  そして、午後1時頃、突然の停電。
  突然真っ暗になったから、何事かと思いました。(この部屋は、クーラーを効かせる為には雨戸を閉めないといけない。窓ガラスがないため。)
  うへえ。田舎だなあ、


  そんなこんなとやっていると、ヨット系BBSで、ねちねちと嫌がらせをしている連中がまた沸いた。
  そいつらの意見を読んでいると、こいつら、結局デイクルーズや半日程度の草レース、後はせいぜい無計画な週末クルーズ程度だけやっていて、ちゃんと海図を使った計画性のある帆走をしていないな、というのが見て取れる。しかもその手の嫌がらせ書き込みに限って匿名。対してRYAトレーニングの合間に返事を返すこちらは、実名。彼らはそうした自分の行動が恥ずかしくないのだろうか?
  強風下でリーショアに追い込まれた状況で帆走を続けるのが辛い、という理由だけでFlickaを選んだ私をねちねちといびる気で居るようだが、そもそもFlickaに限らずヨットでそんな状況に追い込まれること自体、恥だと考えなければならない。ちゃんとメテオロジーを学べば天候や風向きは読めるし、船の性質を考えたらFlickaで岸際なんて論外だ。どんな船でも同じ帆走り方をしようとする時点で、シーマンシップに問題があると言わざるを得ない。
  もちろん人間だからミスはする。でも、そういう場合に備えてのエンジンその他安全装備である。ただそれだけのことだ。
  要するに、この手の妄言を言い出す連中は、観天望気(メテオロジー)も潮汐もベクトル計算もろくに学ばず、船の性質も知ろうとせず、ずるずると月に何度かの日曜にビール片手に楽しくヨットに乗っているだけで上手くなった気になっている連中だ。あるいは若い頃に、シーマンシップもへったくれもない体力任せのいちかばちかの無計画な長距離航海にでもたまたま成功したか。
  RYAの良いところは、そういう人間を排除するために、Logブックに算入する航海マイル数やシーデイ(航海日数)を、「その時点から10年以内の経験だけを現在の所有マイル数と数える」「24時間以下のクルーズはクルーズと認めない」「潮汐計算のないクルーズは潮汐計算をしたクルーズの半分のマイルと見なす」と断言しているところだ。
  連中のような自称ベテランを排除するには、実に良いシステムだ。
  自己申告制の技術自慢ではなく、ちゃんと体系だった資格制度を導入して、きちんと知識と技術を試す仕組みになっているところもまた良い。
  また、公的資格に関しては、そのスクール内の人間ではなく、独立したイグザミナー(試験官)を別途用意する必要があるところも良いところだ。

  もっとも、そういうシステムがあるということは、連中のようなのはイギリスにも沸くということかも?
  Steveに聞いてみよう。


2007年3月15日

  いよいよ乗船日。
  って、大雨ですか、いきなり。

  エアリービーチの気圧配置図を見ると、向こう5日間では今日が一番吹く感じだ。25ノットくらいか?
  海水温が高いので、明日以降、シーブリーズは期待できない。
  エアリービーチ周辺は常に風の吹くエリアではあるけれども、無風の高湿度クルーズは嫌だなあ。
  ただ、死者を4人出したサイクロンジョージ崩れの低気圧の進行によっては、その直下になるかも知れない、とのこと。

  その場合には、5日間とも大荒れだろう。

  で、改めてメンバー紹介。


・スティーブ
  言わずと知れた校長にして、船長。我らがボスだ。
  オーストラリア一周航海中にエアリービーチで資金が尽き(どうも、航海の相方ともその時に離婚したらしく(^^;)、そのままここに居着く。
  自称、54歳の赤ん坊。
  実は新婚(再)4ヶ月であることが後で判明した。
  オーストラリアでは過去の歴史上たった7人しかいないRYAイグザミナーの1人。
  要するにオーストラリアのヨット界では相当に偉い人なのだが、放って置くとすぐに海パン一丁になっている困った人でもある。

・ウィル
  ぎりぎりになって参加した世界旅行中の若者。ロンドン出身。
  今回はデイスキッパーコースにチャレンジ。
  どうも、イギリスでは結構有力なディンギーセーラーらしい。参加レースも結果も素晴らしいもののようで、他の人々はほお、と驚いていた。
  でも、経験豊富ながらもマイル数がたりずに今回はデイスキッパーコースとなる。RYAのマイル計算はかなり厳しく、実は私もマイル数はぎりぎり。もし、知人の船の回航につきあっていなかったら、危うくたりなくなるところでした。
  恋人ハナとの馴れ初めは、「ハナって名前さ、何となくスパナに似てるよね」という言葉だったらしい。同じヨットマンとして身近な工具のネタを持ち出した気持ちはよく判るが、正直、少し恥ずかしい奴だ。
  ちなみに彼の英語は酷い巻き舌で、最終日までまったく聞き取れ得なかった。
  私だけかと思ったら、スティーブもよく聞き返していたから、英語圏の人にも聞き取りにくいものらしい。でも、本人は自分の英語こそが本当の英語だと固く信じているから、発音を直す気はゼロ。
  若いのに世界中に友人がいるあたり、さすがは英国貴族。

・ハナ
  ロンドン出身。紅一点。ウィルの恋人にして、農家の娘。(自分が農家の娘であることを強調するということは、ウィルは貴族の息子ということか)
  今回はコンピーテントクルーコースに挑戦。
  ケアンズで珊瑚礁を踏んで怪我をしたウィルを気遣って、足を使わずにすむヨットで傷を癒そう、と彼女が考えたのが、今回の資格取得のきっかけらしい。
  ヨットでのクルーズは初とのこと。
  私にとっては、ウィルとの通訳。ウィルとは正反対に、発音が非常に丁寧で綺麗。
  ただし、若い娘らしく超わがままで、好き嫌いが多い。
  彼女のおかげで、我々の食生活はえらく貧相なことに。


・アンドリュー
  メルボルンからやってきた超ベテランヨットマン。
  その経験年数は長く、操船は確実。
  性格も穏やかで、パニックとも縁遠い、まさに大人のヨットマンだ。
  私と同じ、コースタルスキッパー/ヨットマスター・オフショア ショアベースドの所持者でもある。
  今回は、その経験を生かしてヨットマスター・オフショア プラクティカルにチャレンジとのこと。
  ところが、彼はマイル数計算をRYA基準ではなく、世界基準(ASA基準)でやってしまっていたため、後でえらいことに。
(二人とも疲れ果てているのは最終日の写真だからです。本当にしんどい航海だったので。。。)

  そして日本出身の私の計5人が、今回のクルーズのメンバーです。

  この日は、結局、出航準備と航海計画の説明、簡単なマニューバー訓練だけで、すぐ隣の入り江にアンカリング。


  錨泊って、初めてですね。


2007年3月16日

  ちなみに、昨晩のディナートークで、私の名前がBOBに決定。
  なんでも、カズヨシというのはあまりに呼びにくいから、ということらしい。
  でも、ボブ、ねえ。
  B音って、実は日本人には意外に聞き取りにくいんですよね。
  ちゃんと反応できるまで、結構時間がかかりそうだ。

  そして、船はここで一気に北上。
  ただし朝は11時起きと、非常にのんびりペース。(後で判るが理由があった)

  この日はジブだけで帆走るが、なんと、平均30ノットを超える様な猛烈な風とスコール。しかし、次の瞬間には晴れ上がり、風速ゼロになることもしばしば。

  でも気にしないで徹底的に帆走続行。この辺もまさにRYAの英国魂炸裂といったところだ。そんな猛烈な状況だからこそ、体力温存の為に朝寝をした様子。なるほどねえ。
  私も、この日一日だけで、強風には慣れっこになってしまった。


  どうも、ジョージくずれの嵐のかけらが5日間このあたりを支配しそうだが、まあなんとでもなるだろう。

  この日のトレーニングでは、アンドリューがブラインドセーリングを行った。
  これは、なんと、GPSの故障と濃霧を想定してスキッパー役がキャビン内に閉じこもって海図と付きっきりで操船を口答指示し、クルーは水深と艇速、LOGと風向だけをスキッパーに伝えつつクルー作業を行うという、超過酷な訓練だ。
  さすがのアンドリューも、最後には島に正面衝突するコースに乗ってしまったが、それでも最初の2時間はちゃんと誘導して見せた、お見事。
  ただし、アンドリューのやり方では、どうも海底の(標高線)に沿って動きたがるのが気になった。
  私が思うに、この手のブラインドセーリングでは、あくまでもマイル数と平均速度、タイダル計算から現在位置を割り出すべきであって、海底標高線は検算程度にするべきじゃないかと思うのだが。さもないと、陸に近すぎる操船になってしまう。
  今回の想定である濃霧の中で陸に寄るのは、なるべく避けるべきではないのかと思うのだが?
  実際、リーショア(陸へ向かった風)の中、岸際に寄ったときには、スティーブが大きく舌打ちをして顔をしかめていた。
  これは、けっこうなマイナスなのではないだろうか?
  RYAのトレーニングでは、いわゆる日本のヨットスクールとは異なり、航海で何かを教えるというよりも、基本的には日頃の航海で培った経験を航海中に試験官であるスティーブに実際に見せてみる形が中心となる。もちろん商業試験とは異なり要点要点は指導が入るが、それでもいわば、5日間全日が資格試験とも言えるのだ。(要するに、そのための資格制度であり、厳しいマイル数制限なのだが。)
  そのためもちろん、日本のその手の資格と違って、容赦なく落とされる。
  だからこそ、皆、進んで作業を行うし、気合いも入っているわけだ。
  そんな中でのこの舌打ちは、正直怖い。
  自分のブラインドセーリングの番では、絶対に岸寄りには行かないことを堅く心に誓った。

  この日は、カーディナルマークだらけの恐ろしいチャンネルを抜けて、Gloucester Islandのそばの、リゾートホテルの前の海に錨泊。
  こりゃまた、風光明媚な一流リゾート地のど真ん中です。
  ただし、5日間海上に縛られる身としては、当然上陸は出来ず。
  指をくわえて陸を眺めて、おしまいです。

  ちなみにこの日のディナー時の話題は、日豪英のヨット習慣の違いなどについて。
  スティーブからは、一昨日のヨットBBSに沸いたような情けない口先ベテラン連中は、当然イギリス圏にも沸く、という明確な回答。だからこそ、RYAには厳しいマイル規定があるのだそうです。ああ、やっぱり。
  もっと言うと、ボートオーナーとヨットオーナーの仲が悪いのも日本と同様。
  さらに言えば、ヨットオーナーの間でも、マルチハルとモノハルの間には、深くて超えられない溝があるそうだ。もちろん、スティーブ曰く、モノハルこそが最高の技術を持つ本物のヨットマンだ、とのことだが(笑)

  あ、そうそう、ちなみにこの会話で判りましたが、セイリングボートのこと、英語でも普通にヨットって言いますね。
  なにやら日本の舵誌あたりに流布している通説だと、英語ではヨットといえばモーターボートを含む個人の遊び船のことだと言う説が濃厚だけど、実際にはそれもちょっと違うニュアンス。
  日本で「クルーザー」というと、主にモーターボートを指すけど、もちろんヨットも含むでしょ。あの逆のノリで、英語で「ヨット」というと、普通はセーリングボートを指すのだけれども、古風なタイプのモーターボートを含むこともある、という感じになります。
  だから、我々の会話では、「ヨット」といえば帆を張って走る我らの愛すべき船のことで、「ボート」といえばモーターボート。そんな感じで、日本とまったく同じ語彙で通じておりました。


2007年3月17日

  この日はGloucester Islandを離れ、一気に南下。
  まずは一路、スタート地点のエアリービーチを目指す。
  本来この日は私のブラインドセーリングのはずだったが、思いっきり船酔いしてしまい、明日に先送りに。
  いやあ、キャビンは苦手なんですよ。
  普段シングルハンドなんで、航海中キャビンに降りる事なんて滅多にありませんしね。

  私の予定を繰り下げた代わり、ようやく、メイン・ジブ両方での帆走をみんなで試した。
  古くとも、さすがに良い船で、7ノットを易々と叩き出す。

  そして、昼過ぎには、ようやくエアリービーチに。
  やれやれ、ようやく陸に上がれる、と思ったら、なんと、マリーナの桟橋に船のお尻を向け、荷物の受け渡しを陸と船とで投げ合うだけ!!
  この風景には、本当に5日間陸に上がれないんだ、と愕然。

  ところが、ここで問題発生。
  マリーナ職員が現れ、なにやらスティーブに文句を付け始めているではないですか。
  桟橋からこちらに大声で叫ぶ話を聞いてみると、どうやら、今日の分の料金を帳面に付けるぞ、と言っているらしい。
  なあんだ、要するにスティーブはこのマリーナに桟橋を固定借りしているのではなく、訓練生の乗船日と下船日だけ、日借りをしていたのね(^^;
  でも、どうせ出航しっぱなしの訓練なのだから、確かに合理的。

  この日は、この事件をきっかけに、エアリービーチのすぐそばにアンカリングをして、日本と英連邦の国々とのヨット文化やヨットに関わる経済状況の違いを色々と話す雑談タイムに突入。
  で、結果、驚いたことに、要するに日本と英連邦諸国は、ヨットをとりまく経済状況には、余り代わりがない感じだ。
  結局どちらの国でもヨットは一般市民からはハイソな乗り物と思われていて、でも実際のヨット乗りは貧乏人ばかりで、困っている、という状況。会社なんかでヨットを知らない人に金持ちめいた扱いを受けて嫌みを言われ易いのも一緒。(ちなみに、オーストラリアのヨット社会では、自分たちはオージーであるという意識よりも、英連邦の一員であるという意識の方が強い。これは意外な発見)
  マリーナなんて金持ちの使うもので、庶民は結局沖泊めというところまで一緒だ。
  ただ一つ違うのは、船の大きさくらい。
  こっちはやっぱり土地がでかく海が荒いだけあって、日本のサイズにプラス10ftした感じになる。
  だから、貧乏人がこっそり持つような小型艇で30ft、サラリーマンなら40ft、金持ちなら50ftといった具合になるようだ。
  こうした情報交換の結果、結局、ヨットの楽園なんてこの世には存在し無いことをお互いに再確認。
  我々日本人が英連邦のヨット事情に過剰な期待を持っているのと同様、向こうも、太平洋の島国と言うことで、日本のヨット事情には夢を馳せていたものらしい。(「だってアジアの国としては初めて、アメリカズカップにも出ていたしねえ」、とのこと)
  結局、ヨットにみんなが乗れる国って、なかなか無いのかも知れませんね。(ただし、アメリカはこの理想に近いかも、と思っています。マリナ・デル・レイの状況は、日本や英連邦に比べると、まるで天国ですし)

  さらに、この夜、もう一つ小さな事件が勃発。
  なんと、英連邦の人間は、皆、私の名前を「カズ」と発音できることが判明。
「実は私は日本ではカズと呼ばれているんだが、君たち英語圏の人間には難しい発音だから……」とまで言った瞬間に、みんなが顔を見合わせ一斉に「カズ!」。
  ハナ曰く「どうせそれって、アメリカ人を基準に考えたんでしょ? あの人たちったら、まったく、ウィルの名前すら発音できずに”ビル”になっちゃうくらいなんだから!」とのこと。
  私の海外の友達は、アメリカ人と韓国人ばかりだから、まさか英語圏の人間がカズと発音できるとは思っていなかった。だからこそ、ボブなんて言う変な名前で呼ばせていたわけで。
  ただ、結局私の事をカズと呼んだのは1時間ほどの間で、みんな呼び慣れたボブに戻ってしまったが。
  ううん、ボブって聞き取りにくいんだよねえ、困ったなあ。

  その他にもこの日は話が大いに盛り上がり、スティーブ、今回の授業開始時に私が「生徒が2人というのはラッキーですね」と言ったことを、後から追加参加したウィルとハナに、バラしやがった。私も「シー!」っと、応戦。
  みんなで大笑いのなか、スティーブは「おっと失礼」とか言って片目をつぶっていたが、マリーナの件がきっかけだけど、そんなネタが出来るほどに、みんなの仲も良くなってきたと言うことか。
  結局お互い、この船にはとんでもない金持ちはいないんだねえ、という話になって、仲良くなった感じだ。(もちろん、ウィルの実家は相当な金持ちのようだが、彼自身は世界一周に貯金を食いつぶしつつある、しがない無職の若者に過ぎない)
  私もヨットの維持費には苦労をしていて、決して金持ちではないという話をしたので、連帯感が増す。
  こうした貧乏人同士の共感というのは、なかなか良いものだ。


2007年3月18日

  この日は、朝9時半には出航し、エアリービーチからさらに南下する。
  そして、ナイトセーリングに備え、その名も「アンセーフ パッセージ」という大変嬉しくない名前の狭い回廊を通過し、その先の広いWhitsunday海峡を越え、有名なHook島の湾で夜まで仮眠を取ろうというもの。
  しかも、なんと、私のブラインドセーリングで。

  これは大変だ。

  正直言うと、私のブラインドセーリングは初めは大失敗だった。
  強風のため(後は、キャビンが大の苦手の私の船酔い防止のため)、エンジンでのブラインドナビゲーションだったのだが、ヘルムス(操舵手)が不慣れなハナだったため、ふらふらとあちこち移動してしまったらしい。

  船内の私は当然それに気付かず、最初の通過点である岩から大きく北にずれてしまったのだ。
  幸い、デプスを聞くうちに、途中で当たるはずの海底山脈に当たらなかったことでズレに気がつき、再計算に再計算を重ねて、ようやくアンセーフパッセージにヒットさせる。
  スティーブ曰く「マジック!ミラクル!!」
  皆も拍手で、やんやの大喝采だ。
  これは正直嬉しい。
  どうも、デッキの上では、ハナが操船ミスの責任を感じてへこたれていたのを、スティーブが、ボブ(私)にコースアウトがばれるからとポーカーフェイスを義務づけていたらしい。そのため、ウィルまで一緒になって落ち込んでいたようだ。(どうも、デッキではスティーブばかりがよく喋って、妙なギャグばっかり飛ばしていると思ったら!)
  でも、私の再計算で、最終誤差が20メートル以下になったため、その必要もなくなり起こった喝采、というわけ。正直嬉しい。

  その後、美しいMacona Inletの入り江に入り、夜に備えて仮眠を取る。


  ちなみに、スティーブの号令、夜寝るときは「Hit the bank!」、仮眠の時には「Rest your Foot!」だった。海っぽい、色々な言い回しがあるらしい。
  アンカー投入やロープから手を離すのは、日英共通で「レッコー」。
「本来のLet's GOともちょっと違うんだよね」という、語感の感じまで一緒なのかちょっとおもしろい。


  そしていよいよ夜7時からは、ナイトセーリングの開始だ。
  新月の夜。当然大潮で潮の流れも強く、何も見えない。さらには嵐が迫っている。
  このセーリングでは、開始早々、白人の夜間視力の高さを思い知った。
  こっちは正直まったく見えないし、ようやく馴染んできたと思ったところで、ライトを使われると、こっちは3分は何も見えない、といった具合だ。しかし、他のクルーは結構普通に動き回っている。ある程度時間がたった後の夜目能力そのものはあまり変らないようだが、順応までの時間がまるで違うのだ。白人は、目の色素が少ないから夜目に強いという俗説は、どうやらかなり本当のことのようだ。
  この日は、スティーブからボブ(私)がヘルムスをしろといわれたが、夜目が効かない私が操船するのはあまりに危険すぎるので、正直にまったく見えないことを申告した。
  前述の通り、この航海は全日が試験も兼ねているので、最悪これでコースタルスキッパーが取れなくなるかも知れないが、それはそれでやむを得ない。
  正直、見えないのに見える振りをして船を危険にさらすことは出来ない。

  しかも、サイクロン崩れの影響で、途中で風が平均35ノットまで吹き上がる。最高40ノットオーバーの、日本なら台風並みの風だ。
  でも、セーリングはやめない。
  ジブと2ポンメインだけで、7ノット以上をたたき出しながら、走る走る。
  途中、沿岸警備隊のヘリに怪しまれ、サーチライトをかけられるが、それでも「未知との遭遇」の鼻歌を皆で口ずさみながら、ひたすらに帆走る!
  挙げ句その海況で、幅10メートルほどの、ヨットの著名な錨泊地、シュートハーバーの中を帆走で駆け抜けた!
  有名な港だけあって無数の船がアンカリングで泊っているのだが、その合間をタッキングを繰り返しながら、そのまま突っ走る!(ただし、リーショアに入る際には、ちゃんとエンジンをかけていた。もちろん帆走メインで抜けきったが、いざというときのタックミスに備え、エンジンの準備も忘れてはならないのだ)
  この深夜の大帆走、正直、日本では間違っても出来ない、とんでもない経験をしてしまったような気がする。
  これが、英連邦のヨットの底力を培っている部分なんだと、実感した瞬間だった。

  そしてついに私のナイトナビゲーションの番だが、さらに嵐が激しくなり、潮位が変わり、波が出てきてしまう。
  挙げ句、ついに40ノットオーバーの世界に突入!
  私は鉛筆とデバイダーを持ったまま、比喩でもなんでもなくバスケットボールのように船内を転げ回った。
  目の前で、左舷にしまって置いた荷物が、次の瞬間には逆の舷に、飛び出す!
  ああ、ノートパソコンが!!
  そして大ブローチング(横倒し)!
  もちろんセールが海水をすくい、デッキも大変なことに。
  でも、だれも、ハーネスはもちろん、私とハナ以外、未だにライジャケすらだれも付けない。みんな必死にあちこちにしがみついて難を逃れていた。オイオイ、ちょっとこれは問題あるなあ。
  で、肝心の私のナビゲーションだが、スティーブが与えた情報が間違っていて、見当違いの方向にナビをしてしまう。
  初期情報が12時間、間違えていたのだ。(潮位は一周12時間だが、徐々にずれて、28日で一周する)
  そのせいで、30分ほど潮位計算がずれ、潮位を強いものと読み違えてしまった。
  だが、結局、横倒しの船の中でも計算をやめなかった根性を称えられ、なし崩しに、この課題をパス。

  そして実はその間に、ついに重大問題が一つ爆発していた。
  デッキから私に声をかけられていたらしいのだが、私が返事をしなかったので、他のクルーとの雰囲気が険悪になってしまったのだ。
  で、仕方なく、私も正直に答えた。「名前をせっかく付けて貰って嬉しいが、実は、ボブだと、正直誰のことか判らないんだ。発音できるのならばカズと呼んで欲しい」と。
  ぶっちゃけボブだと、「MOB」なのか、「BOB」なのか、それとも「何とかブイ」なのか。それがまったく判らない。
  その点について、大変申し訳ないが、強く言わせて貰った。
  さすがにみんな一瞬シュンとなってしまったたが、次の瞬間には「オーケー、カジー(私の新しい呼び名だ)!」と、始まった。その明るさ、さすがはオージー!
  この明るさには、かなり救われた感じだ。

  そんな中、嵐はますます酷くなり、とりあえず、さすがに2ポンでもオーバーヒールでどうしようもないので、さすがにエンジンをかけた。ベアマスト(セール一切無し)でも結構ヒールして流される。
  でも、
「トライスルとストームジブ持ってきていれば良かったなあ。もっと楽しめたのに」、とはスティーブの弁。
  こんな嵐の中、まったく同感なのが、自分でもおかしい。
  ちょっと吹くと出航すらしない、日本のヨット事情では考えられないことだ。
  船内で私が飛ばされまくっていたことを心配するハナに、「大丈夫、単にポートサイドに飛び込んで見ただけだよ!キャビンだから泳げなかったけどね!」といったら、皆で大笑いされた。
  大したことじゃないのだけど、嵐の時のこういう会話は、なんだか楽しい。

  この日は結局、なんと、本当は夜明けまでかかるはずの長距離を、倍速でクリア。
  這々の体で、アンセーフパッセージの向こうのBauer Bay(24の主人公と同じ名前だねえとは、ウィルの弁)に錨泊。
  しかし、錨泊中も、ものすごく振り回され、大変な夜を過ごす羽目になった。
  この日満足に寝れたのって、この海域に慣れたスティーブと何も知らないハナくらいじゃなかろうか?
  しかも、船内もさっきの無茶な帆走であちこちのパッキングがゆるんじゃって、土砂降り。
  私も最初はいちいち雨漏りを避けていたが、最後はどうせ濡れるのだからと、大雨の中、窓を全開で寝てしまった。サイクロン崩れの嵐だから、とにかく暑かったんですよね(笑)
  でも、そんな無茶な環境でも、疲れていると、それでもある程度は寝られるものだから、不思議だ。

  あ、そうそう、夜中にふと思い出し、荷物を見ると、なんと、ちゃんと左舷の元の位置に納まっていた。
  船内を往復して、元の位置に戻ってきたものらしい。
  ううん、海の力って凄いものだなあ。

  結局、この夜はものすごい風で、夜中に何度も起き、ある程度の経験者であるアンドリューと二人、リチェックを行った。
  途中、船体がアンカーチェーン(我らが練習船タートルタイムは、フルチェーンのアンカーを使っている)の上に乗っかってしまってものすごい音を出したりして、なかなか派手な経験も出来た。

  そんな中、眠れないらしいウィルが、アンドリューにブラインドナビゲーションでの海底標高線の使い方を必死に聞いているのが気になる。アンドリューも、よせばいいのに岸際を走りたがる自分の持論を大いに展開。
  アンドリューのブラインドセーリングの時のスティーブの表情を思い出し、こりゃアカンと口を挟むが、邪魔するなとばかりに二人ににらまれておしまい。ううん、こりゃ、明日が心配だ。


2007年3月19日

  いよいよ最終日。
  翌朝起きてみたら、みんなの呼び方が、ちゃんと、カジィーorカジになっている。正確にカズじゃないけど、まあいいか。ヨットマンらしい名前だし。私も自分の名前として理解できるし。

  最終日はウィルのブラインドナビゲーション。
  ただ、やっぱりアンドリューと同じく、海底標高に頼ろうとして岸際に行ってしまう。
  岸際は海流が曲がるので、Logと速度にズレが出てくるんですよねえ。操舵も難しいし。
  でも、実は今日のヘルムスはカジーこと、私なのですよ。
  ハナがやっちゃったミスの裏返しということでスティーブが考えたらしい。心配りの人だ、スティーブ。
  私こう見えましても、普段東京ではものすんごい悪癖のある船に乗っているせいで、この程度の海流の変化には実は余裕なのです。
  潮流をかわしつつ”マイボニー”を歌うと、馬鹿ウケ。
  船上はカラオケ大会と化しました。

  その後、鳴門の渦潮のような大渦巻き控える岸際に直進を命じられたところで、さすがにスティーブのお叱りが飛んで、大きく岸際から離された。さすがにあの渦に突っ込む度胸は無かったので、いやあ、助かった。
  見れば、ウィルが昨晩アンドリューに相談した事情を話してしまったらしく、アンドリューも一緒にキャビンで叱られている。こりゃ、まずいなあ。

  そんな事件もあったが、この日は終始25ノット程度の風の中、気持ちよく帰港。
  最後の最後に35ノットくらいに吹き上がったが、2ポンしたメインだけで気持ちよく8ノットを叩きだしたので、それもまた良し。

  ちなみに結局5日間、私は頑固に靴を履き通しましたが、他の4人は裸足になっていました。
「この船の中では陸とは逆で、日本人が靴を履くんだよね」と言ったら、みんなで足の記念撮影となりました。

  こういうノリの良さは、さすが。

  そして、ウィルのメインセイルマニューバトレーニングの後、ウィル&ハナとは一足先にお別れ。
  なんでも、すぐに飛行機で香港に向かうそうな。いやあ逞しい!
  私とアンドリューはへとへとで、スゴイ体力だねえ、と、若い二人を羨ましそうに見ていました。

  その後、スティーブから残った私とアンドリューの二人に再度の説明。

  まず、アンドリュー、案の定、今回はコースタルスキッパー資格のみのゲットになりそう、とのこと。
  元からRYAの計算ではマイルが足りない上にあの岸際ナビゲーションに懲りていないのだからこれは仕方がない。あのナビでヨットマスター、つまりは将来のインストラクターということでは、まっとうなナビを覚えるまで、正直、他の人間の命がいくつあって足りない。
  ディンギー乗りのウィルもそうだが、操船がずば抜けて上手い人にありがちな問題だ、とスティーブ。
  逆に私はナビばかり上手くって、操船に問題があるそうな。ギャフン!

  で、このままではカジーにもコースタルスキッパーはやれんと、昼食後、操船の特訓開始です。昼食は、大好物のツナロール。なんと、ハナの魚嫌いのせいで、今まで我々はツナを食べられなかったのだそうです。驚きの事実!

  ところが、ここで英語の問題発生。
  スティーブが早口で想定状況をまくし立てる訳ですが、これが未知の単語が多く、よく判らない。
  判らないと言うと、さらにわあわあとアンドリューと二人がかり。
  で、さすがにゆっくり喋れと言うと、ますます言葉の雨は加速!!

  要するに、二人の意見に寄れば、カジー(私)もこれだけ英語が上手くなって居るんだから、後は一杯単語を並べれば判るだろう、ということらしい。
  しかし正直、こっちとしてはこりゃたまらん!
  そりゃ、すでに知っている事であれば、大量の類似後を並べられれば類推するのに役立つわけですが、今回初めて知ることに関しては、混乱が増すばかり。
  特にヨットのマニューバーを想定した海況なんて、専門用語だらけで判るはずもないわけで。

  そこで、思い切って、ヨット用語を交えながら今のマニューバの自分なりの解釈について、日本語でまくし立ててみた。
  で。「Do you understand?」
  スティーブは、「Holy Sit... I cannot understand!」と愕然。
  そこで改めて、「Me too. OK? Please speak slowly.」
  私の発した謎の言葉がヨット用語混じりだから、スティーブもようやっとゆっくり話すことの必要性を理解をした様子。

  結局、スティーブもそうだが、英語圏の人間は基本的に外国語を学ぶ必要性に駆られることが少ない。そのせいで、外国語を使うと言うことそのものが、どういう事か理解できていないのだ。
  唯一、大学で日本語を学んだことのあるアンドリューだけがゆっくり話すことが出来るのもそこに由来する。
  ゆっくり話す、ということの意味や必要性がわからないのだ。
  外国語経験がないため、ゆっくり話すくらいだったら、大量の単語を並べた方が連想しやすく、話が早かろう、と考えてしまうのだ。
  で、私が実際に英語混じりの外国語で喋って見せて、愕然とした、というわけ。

  その後、入港訓練。狭い東京湾にいる私には、これは余裕。
  妙な風で流され賭けたが、合格点はもらえた。

  そして、ついに、念願のコースタルスキッパー資格を、ようやくゲット!

  私も、さすがに目が潤んできました。

  本当に、長い航海でした。
  アンドリューと二人、ふう、とため息。

  最後に、スティーブとのツーショット写真をアンドリューに撮ってもらいました。


  この日は、エアリービーチ市内の、エアリービーチホテルに宿泊。
  マリーナと同じ経営母体のホテルだったのだけれども、これが狭くて高くて、正直酷いホテルだった!
  ただ、シャワーは心底暖かく(タートルタイムには、冷水シャワーしかなかったため)、揺れない地面と濡れていないベッドは、ありがたくて仕方ありませんでした。


総じて:

 こうして終了したRYAトレーニングであったが、いくつかのポイントがある。

  まず、他のスクールと比べてどうか、という点。
  これには、RYAは明確に他のスクールと違う点がある、ということが出来る。
  端的に言えば、RYAは日本的な意味でのスクールではない。
  RYAの主目的はあくまでも普段のヨッティングで培った技術を資格認定することであって、以前私が通ったISPAのような、至れり尽くせりの授業や説明はあまり無い。
  だからこそ、RYAでは経験マイル数が重視されるし、そのマイル数の計算も、24時間以内のクルーズやレースは経験マイル数として認めない、という大変に厳しいものとなっている。(さらには、10年以内の経験しか、マイル数に算入することは出来ない)
  私が次に目指す ヨットマスターに至っては、2500マイルもの長大なマイル数と、大洋横断に匹敵する夜間帆走を含む長距離航海が要求される。これは、週末クルーズを主とする日本のヨットマンでは、ほんの一握りしか受講資格を持つことのできない、大変に厳しい条件だ。
  もちろん、RYAでも、 未経験の人間が学びに行く場としてのいわゆるスクールも用意しており、「Start Yachting」のコースとして成立しているが、それ以降のコースについては、原則、日ごろ参加者が日常生活の中で行っているヨット経験を試す場が、コースの主目的となる。

  また、スクールとしての手法が優れているか、という点についても、これは単純な比較は難しい。
  例えば、私も上記日記で書いているが、実はRYAでは、ライフジャケットの装着を酷く軽視していて、「泳げない人間が身につけるもの」 と定められている。また、 セーフティハーネスに至っては、RYA方式において使うべき場所は思いつかない。
  これは正直、ライフジャケットの常時着用を推し進める日本や北米の事情から見れば論外であるし、危険きわまりないと言うことが出来る。また、例えば、デッキ上で裸足になるなどという行為も、他スクールではもっとも戒められる危険行為の一つであると言える。
  かように、RYAは、決してどこでも通用する万能のスクールであるとは言い難い。
  RYAは あくまでも、その名の示すとおり、英国王室率いる海軍の伝統に則って、英国連邦内での常識と慣習に基づいたヨッティング技術を認定する団体であって、他のスクールのような安全啓蒙団体としての性質は、極めて薄いのだ。

  ただし、例えば、プロッターとデバイダーを使い、アルマナックと呼ばれる小型船舶用資料を使っての潮汐計算を素早く行う方法や、GPSのエラーを海図上で手早く修正する方法などは、これは、他のスクールには類を見ない手法で、正直驚嘆に値する。
  また、航海計画を重視しつつ、どんな強風でも決してセーリングをやめないセーリングスタイルは、ロングクルーズの現実に即したものであり、まっとうなセーラーを育てるという目的から見て、極めて効果的であると言うことが出来るだろう。
  GPSや測深儀などの最新機器への対応が早いことも、RYAの素晴らしい特徴だ。一般的なヨットスクールでは、スクールのメリットを強調するために、そうした最新機器を軽視する発言をしがちである。しかし、RYAはあくまでも実践的なヨッティングを目指す組織であるから、そうした便利な機材は当然に利用するのだ。

  RYAのもう一つの利点として、RYAという組織が、本質的にヨットマン同士の互助組織であるということがある。
  つまり、ヨット経験を積んでヨットマスターとなりさえすれば、やがてはヨット指導者として生活する道を歩むことも可能となる、という仕組みになっているのだ。
  RYAの登録インストラクターになれば、試験問題やカリキュラムはRYAの方から与えられ、宣伝もRYAで行うことが出来、小資本で、比較的容易にスクールを開校できるようになるのだ。
  日本でも、どこのマリーナにも一人はいるであろう「この人はヨットではものすごいんだけど、ヨットじゃ食えないからねえ」というタイプの、ヨットだけに長けたヨット狂いの人間に、ヨット狂いのままで生活する道を与えてくれるのが、RYAという組織なのだ。
  これは、これからヨッティングの世界を育てていく日本も、見習うべきシステムだろう。

  また、結局のところ、なんだかんだ言っても、世界に認められた「ヨットマスター」といえば、このRYAのヨットマスターオフショアのことのみを指す、という事実も捨てがたい。
  あなたが若く、ある程度の体力があり、そして、RYAのヨットマスター資格さえ持っていれば、大抵のプロフェッショナルセーリングチームが、あなたの雇用を検討してくれるのだ。
  多くの場合差別をされる側にならざるを得ない人種である日本人としては、このことの価値は、途方もなく大きい。
  それは、その資格条件がもっとも困難であり、かつ、試験官をインストラクターとは完全に別に配置するなど、レッスンや試験が極めて厳正に執り行われているからこそ得られた信頼であるのだ。

  RYAは、あなたが もしも英語に自信があり、英国連邦のやり方に合わせる自信があるのであれば、一度は経験しておいて損のないスクールだと言うことが出来る。
  きっと、今までとはまったく異なる新しいヨッティングの世界が開けて来るはずである。